前回からの続き
【家督相続】
現代相続法と大きな違いは、この「家督相続」の規定があることです。当時の「戸籍」と連動したもの(家≒戸籍)と考えていただいたほうが判りやすいかもしれません。
旧民法964条によれば家督相続は次のいずれかの事由によって開始します。
- 戸主の死亡、隠居又は戸籍の喪失
- 戸主が婚姻又は養子縁組の取消しによってその家を去ったとき
- 女戸主の入夫婚姻又は入夫の離婚
1.の「隠居」ですが、いまと違い死ぬ前から家の権利義務を承継させることができたのです。現在の戸籍で言うならば、両親(筆頭者)が死ぬ前から、子自身が筆頭者になるということです。
3.ですが「女戸主」は後に説明するとして、「入夫」とは女戸主の家に嫁いできた男をいいます(婿養子とは限らない)。「女戸主」になるということは、その家に男がいないということで、家を維持するためには、他の手段としては男子の養子をとる手段しかありません。
ちなみに女戸主は男子に恵まれない家の「長女」がなることが多く、旧民法では男子の養子がいない場合、長女は他の家に嫁ぐことはできないとされていました。
また、家に男子がいる場合は、男子の養子縁組もできませんでした。
【家督相続人となるもの】
赤字はきめ(選定)なくても、法律で確定するものです。
【第1種法定家督相続人】
直系卑属がこれにあたります。男子が優先なのは言うまでもありませんが、ややこしいのは、非嫡出子がいる場合です。
非嫡出子は「庶子」と「私生子」に分かれ、前者は父が認知したもの、後者は認知されていないものです*1。
庶子であれば、嫡出子である女子より優先されます。
また男子の場合で、長男が死亡し家を引き継ぐために、養子になって家を出ていった二男が縁組を解消し、家に戻ってきた場合は、家に残っていた三男より優先します。
しかし、分家で家を出た二男が、廃家しまた元の家に入家した場合は、三男が二男を優先します。
また、長男に男子があった場合は、二男がいても、その子が戸主になります。これが所謂「戦前の戸籍には、自分のおじさんが記載されている」というものになります。
婿養子が絡むとさらにややこしくなります。婿養子とは女子の家に男子が嫁いでくる(入夫)ことですが、あくまで婿養子が順位を優先するのは男子がいない時であり、その家に男子が生まれれば、生まれた男子(長男)が優先します。
また、二女に婿養子があっても、長女がいる場合で、長女に夫がない場合も長女が優先します。これは長女が他の家に嫁ぐことができない裏返しでもあります。二女の婚姻後、長女に婿養子をとることとなった場合は、その婿養子が長女に優先することになります。
ちなみに、家が男子の養子をとり、家の嫡出女子と婚姻することは、家の財産の拡散防止のために当時よく行われました。この場合は婿養子とは言いません。戦後この名残が現行民法734条 [近親間の婚姻の禁止] の例外の解釈としてあがりますが、話題が逸れるため、その学問的なお話は、次に譲ることとします。
【第2順位 指定家督相続人】
第1順位がいない時は、戸主自身が家督相続人を指定することができます。これは戸主の隠居や、生前戸主が死亡した時のことを考えてするものですが、意外にも誰を指名してもよいことになっております。が、先にも書いたとおり、家の財産が分散することを恐れた当時は、あからさまにその効果がない者を指名することはありませんでしたし、他の家に入った者を指名したときは、その者が他家を適法に去ることができなければ効果は発生しないことになっていました。
また家督相続人指定後に第1順位があることになった場合、指定は失効し、その後また第1順位がいないことになった場合は、再度指定をしなければいけませんでした。
【第3順位 第1種選定家督相続人】
第1順位もなく、戸主による指名もなかった場合、 第1種選定家督相続人を検討することになります。これはあくまで『事後選定』であり、選定後家督相続開始時に遡り家督相続人になるもので、自動的に定まるものではありません。
選定といっても好き勝手に定められるわけではなく、選定者は相続人の父、父がない時、父が意思能力がないときは母、父母がない又は父母ともに意思を表示できない場合は親族会*2が選定することになっており、また家督相続人の選定順序についても次のように定められていました。
- 家女である配偶者
- 兄弟
- 姉妹
- 家女でない配偶者
- 兄弟姉妹の直系卑属
「家女である配偶者」とは、婿養子である戸主が死亡した、その妻(その家に生まれた女子)のことです。
「家女ではない配偶者」とは、通常婚姻の夫婦で戸主が死亡した場合の配偶者や、入夫婚姻で夫婦のうち女戸主が死亡した場合の夫(入夫)のことです。前者は他の家からきた妻、後者は順位的に婿養子となっていなかった家女の夫、二女や三女の夫がそれに当たります。
1~5.は順序が決まっていましたが、それぞれ(2.3.5)では年長者の順や、嫡出か非嫡出かは問われなかったので、例えば3.では二女ではなく三女を選定することもできました。
選定には、こうでなければならないといった特段の様式もなく、選定者の一方的な選定で効力を生じ、承認によって家督相続開始時に遡って家督相続が開始し、その後、選定を証する書面を持って、戸籍に家督相続届をすることになります。
第4順位【第2種法定家督相続人】
第1順位がなく、第2の指定、第3の選定がなかった場合に法定で「直系尊属」が家督相続人となります。ただし、戸主の直系尊属であっても、家が異なる場合は家督相続人とはなれませんでした(適法に戸主の家に入る必要がある)。
また、家に養父と実父がいた場合、その家が戸主である被相続人にとっての養家であれば、養父が優先して家督相続人となりました*3。
第5順位 第2種選定家督相続人
上記1~4.の順位すべてに当てはまらない場合でも、裁判所からの許可で親族会を開催し、家督相続人を選定することができます。家の断絶を回避するため、他家にいる親族からだけではなく、一定の場合には家督相続人に選定できる仕組みになっていました。ただし、第2種選定家督相続人は、『戸主である被相続人の家族である必要はないが、親族、家族、分家の戸主又は本家若しくは分家の家族、あるいは他人から、親族会は、その者の性格、行為及び身体等の状態から、家名を汚し、又は家政をとるに堪えることが出来るか否かを基準として選定するもの*4』とされています。
以上が選定されない場合、または選定後の承認がない場合はその家は『絶家*5』となりました。
2回にわたり駆け足で戦前の相続法…主に家督相続ですが、投稿させていただきました。ある程度でもこのような知識があると、昔の戸籍を見たり、横溝正史の小説を読んだ際、その人間関係がスムーズに理解できたりするのではないでしょうか。